「努力してる人」が一番サボってる
怒られるかもしれないけど、書きます。
あなたの周りにもいませんか。毎日忙しそうにしてて、朝早く来て夜遅く帰って、休日も勉強してて、「すごいね、頑張ってるね」って言われてる人。
もしくは、あなた自身がそうかもしれない。
で、その人(もしくはあなた)に聞きたいんですけど。
それ、結果出てますか?
忙しいのは知ってる。頑張ってるのも知ってる。でも、半年前と今で、何か変わりましたか。
変わってないなら、それは努力じゃない。
努力っぽい何か、です。
努力の中に隠れてる「考えなくて済む快感」
これ、私の実体験なんですけど。
フリーランスなりたての頃、毎日14時間くらい働いてたんですよ。朝7時にPC開いて、夜9時まで。案件をこなして、営業して、経理やって、SNSも更新して。
めちゃくちゃ忙しかった。
で、周りからは「すごいね、よく働くね」って言われてた。自分でも「まあ頑張ってるな」と思ってた。
でもある日、ふと気づいたんですよ。
この14時間の中で、「本当に自分の状況を変える行動」って何時間あるんだろうって。
数えてみたら、1時間もなかった。
残りの13時間は何をしてたかっていうと、「やらなくても困らないけど、やると安心すること」をひたすらやってた。メールを丁寧に返す。資料の体裁を整える。SNSの投稿を微調整する。既存クライアントの対応を手厚くする。
どれも無駄ではないんですよ。でも、どれも「今の状況を変える行動」じゃなかった。
なんでそうなってたかっていうと、楽だったからです。
既に知ってることを繰り返すのは楽なんですよ。新しいクライアントに営業するより、既存の対応を丁寧にやるほうが楽。新しいサービスを考えるより、今ある案件の精度を上げるほうが楽。
しかも「楽だ」という自覚がない。だって14時間働いてるから。忙しいから。汗かいてるから。努力してる実感がある。
この「努力してる実感」が曲者なんですよね。実感があるから、サボってるとは思わない。でも実態は、変化を避けて安全圏で忙しくしてるだけだった。
ランニングマシンの上で10km走って、どこにも着いてない
これ、ジムのランニングマシンに似てるなと思ったんですよ。
ランニングマシンって、めちゃくちゃ走れるんですよ。汗もかく。息も上がる。カロリーも消費する。「今日10km走った」って言える。
でも、場所は1ミリも移動してない。
景色も変わってない。ずっと同じ場所で足を動かしてるだけ。
これ、笑い話じゃなくて、ほとんどの人の努力がこれなんですよ。走ってる感覚はある。疲れてる。頑張ってる。でも場所が変わってない。半年前と同じ景色の中で汗をかいてるだけ。
本当に場所を変えたいなら、マシンから降りて外を走らないといけない。外は地面がデコボコで、天気も変わるし、知らない道に迷うかもしれない。マシンの上よりずっと不快。
でも、場所が変わるのは外だけなんですよね。
「忙しい」は思考停止の最上級
もうひとつ、踏み込みます。
忙しいって、実はめちゃくちゃ便利な言葉なんですよ。
「忙しい」って言っとけば、考えなくていいから。
自分はなぜこの仕事をしてるのか。この仕事は自分をどこに連れていくのか。今の生活を続けた先に何があるのか。こういう、答えるのがしんどい問いを全部スキップできる。
だって忙しいから。考えてる暇がないから。
忙しさって、不安から目をそらすための最強のツールなんですよ。忙しくしていれば、「このままでいいのか」という問いに向き合わなくて済む。手を動かし続けていれば、立ち止まらなくて済む。
私がフリーランス1年目に14時間働いてたのも、半分はこれだったと思う。立ち止まるのが怖かった。立ち止まったら、「この方向で合ってるのか」と向き合わないといけないから。走り続けてれば、その問いを先送りにできた。
で、2年目にちょっと体を壊して、強制的に立ち止まることになったんですよ。1週間くらい何もできなかった。
そのとき初めて、「あ、私ってこの1年間、忙しさで自分をごまかしてたんだな」って気づいた。走り続けることで、考えることから逃げてた。
努力してたんじゃなくて、努力のフリをして思考停止してたんだ、と。
努力を「移動」に変える方法
じゃあどうすればいいのかというと
私が2年目以降にやり始めたことは、すごく地味なんですけど、「






ランニングマシンの話、その通りだと思いました。
頑張って、疲れたけど、進んでない!
「忙しいは不安から目を逸らすためのツール」という話も、今後の生活で意識的に、そうなっていないかを自問自答していきたいと思います。
残酷だけど真理だなぁ…
「努力っぽい何か」に時間を溶かさないようにしないと