書くことが苦しくなる瞬間には、はっきりした始まりがあります。
始めたばかりの頃を思い出してください。誰も見てないのに、書くのが楽しかったはずです。思いついたことをそのまま出して、数字なんて気にしてなかった。あの頃の投稿には、今読み返すと荒削りなのに、妙な勢いがあります。
変わったのは、読まれ始めた日からです。初めて伸びた投稿が出た日、頭の中に新しい声が住み着きます。
「次も読まれないといけない」
この声が生まれた瞬間から、書く前に数字のことを考えるようになる。書きながら反応を予想するようになる。出した後、通知を何度も見るようになる。
そして気づくと、書けなくなってます。正確に言うと、書けないんじゃなくて、「読まれなさそうなもの」を書く許可が、自分から消えてるんです。
これ、私も通りました。フォロワーが増えるほど症状は重くなります。
10万人になった今でも、油断すると「これは数字が付かなそうだから」と、書きたいものを引っ込めそうになる瞬間があります。読まれたい気持ちは、書く動機であると同時に、書くことを一番苦しくすることでもあるんです。
厄介なのは、これに「読まれる工夫をやめろ」という解毒が効かないことです。書いて暮らすなら、読まれる工夫は必要です。
数字を無視して好きに書くだけでは、暮らせない。つまり必要なのは、読まれたい気持ちを捨てることじゃなくて、読まれたい気持ちと同居しながら書き続ける設計です。
私がやってる同居の方法を、ここから書きます。
目次
投稿を「打席」と「素振り」に分ける
数字を見る時間を「予約制」にする


